

滋賀の人
誕生前夜
皆集いカラオケ唄い
祝い楽しむ
平成二十七年十一月二十八日
この企画は、父親がガンとの闘病中でも「謳歌」する生き方を実践し、86歳まで誇りを持ちながら前進したことを伝えるために始まりました。彼の晩年には腎臓病、心筋梗塞、前立腺がんとの闘いがありましたが、謳歌の精神を貫き、その生き様を示しました。
この企画の目的は、父の詩や文章、彼との出来事を通じて、家族の絆や人生のあり方について示唆を提供することです。彼の「謳歌」するメンタリティは同じ病気を抱える人々やその家族にとって支持となり、勇気や力を与えるでしょう。この企画が多くの人々にとって励みや支えとなり、家族の絆を深める一助となることを願っています。
とてもカラオケが大好きだった父。
11月29日に誕生日をむかえるsayakaの誕生日前日の夜に家族4人でカラオケに行ったことを詩にしています。
皆でsayakaの誕生日をお祝いしよう!ということで、この日の夕食は自宅ですき焼きを食べ、その後にカラオケへ行くことになりました。
カラオケが大好きな父でしたが、この日はかなり久しぶりでした。
特に心筋梗塞を患ってからの3年間は歌ったことはありませんでした。
息子が書くのもなんですが、父はとても歌が上手でした。
当時、家にはカラオケ大会での表彰状や立派なトロフィーがたくさんあったほどです。
父のカラオケ好きは古く、昭和の時代にカセットテープに伴奏(カラオケ)が入ったものをカセットデッキに入れてマイクをつないでよく歌っていたのを思い出します。
演歌や民謡、軍歌などを好んで歌っていましたね。
その当時、演歌では三橋美智也さんの「哀愁列車」や東海林太郎さんの「国境の町」、岡本敦郎さんの「高原列車は行く」などを歌っていたのを思い出します。
自分で歌ったカラオケをカセットテープに録音して聞いている父の表情がいまでも思い出されます。
今でも母の自宅には、当時の父のカラオケのテープが何本もケースに入って残されています。
ボクがまだ小学校の1年生ぐらいのころ、父の歌う「高原列車は行く」は特にボクも大好きな歌でした。
車で旅行することが好きな父は、必ず「高原列車は行く」の入ったカセットテープを持っていき、車のカセットデッキで曲を流していました。
するとまだ幼いボクの気分もよりウキウキとしてきます。そしていつの間にか家族で大合唱!!
みんなこの曲が大好きだったようです。
“旅行好きになった原点”
今思えば、ボクが旅行好きになったのはここにあったと気づきました。
父の十八番は「奥飛騨慕情(おくひだぼじょう)」
ボクはこの日のカラオケで竜鉄也さんでおなじみの「奥飛騨慕情」を歌いました。
ちらっと父の顔を見ると「やられた!」という表情でどこか悔しそうです。
実は晩年の父のカラオケと言えば「奥飛騨慕情」というぐらいの父の十八番だったんですね。
それをボクが父の“許可”なしに歌ったもんだから父の表情は予想どおり。
あまりにも悔しそうだったんで奥飛騨慕情の2番は父にマイクを譲りました。
声は衰えてもやはり父の歌う奥飛騨慕情は哀愁があっていい!
父は若いころ、奥飛騨・高山地方に旅をしたことがあったそうです。
その旅を通じて情緒あふれる風景や人の人情を体験したそうです。
その時のことを思い出して情緒があふれ、こころが豊かになるのだとか。
父は旅行や旅を通じて、古き良きものを見て味わうことのできる情緒や人との出会いにある人情味にふれるために旅行が好きだったのではと思います。
そしてその旅行には必ず歌がありました。
幼いころに父を亡くしたsayakaにもこんな家族団らんの醍醐味を味わってもらいたくてカラオケへいこう!と父からの提案だったんですね。
初めて聞くsayakaの歌声に両親は“万雷”の拍手でした。
この日が父との最後のカラオケになりました。
父の歌う歌声は思い残すことなく、まさに「謳歌」そのもの。父と奥飛騨慕情の3番目の歌詞を一緒に歌ったのはとても印象的な思い出となっています。
この頃は父の抗がん剤治療による副作用がとても強くなっていた時期です。
父の副作用はとても辛い便秘でした。
便秘は11日間にもおよぶことがあり、強いお腹の張りとともに痛みもありました。
そのため父は医師と相談したうえで便秘が改善するまでの間、一時的に薬による治療を中止することになりました。
この時期の父の状態
便秘で苦しむ父が印象的でした。
便秘改善の薬を服用していましたが、中々効果がなく私たちにできることを模索していました。
例えば少しでも痛みや気分が和らいでリラックスできるようにと、背中や腰のまわりを中心にマッサージしました。心や身体の緊張状態を和らげ副交感神経の働きが増すように、父の意思を尊重しつつ父や家族が思わず笑って笑顔になるようなコミュニケーションを心がけていました。
この日は父にとっても家族にとってもかなり久しぶりのカラオケ。
大好きだった歌を歌う喜びの表情がとても輝いていました。
家族が歌っているときはじっくりと聞き入り、歌が終わると渾身の拍手を贈っていました。
自身のメンタリティサポート
強い便秘で苦しむ父の姿を見るのはボク自身にも辛さがありました。
しかしその辛さから逃げるのではなく、積極的に父の話すことに耳をかたむけました。
そして辛さという感情を共感して感じつくすことで、ボクのメンタルも調和を取り戻すことができ、偏りのない状態で父のサポートをすることができました。


