Hiroshi
1929-2016年(享年86歳)
書画、詩を書き「吉祥マンダラアートリーディング」の元となる作品など数々の作品を残した。
不屈の精神 ~家族の精神的存在~
Hiroshiバイオグラフィー
- 1556戦後~高度成長時代へ
終戦を学徒勤労動員として迎えたのち戦後の復興をへて日本が高度成長時代へ入った。
20代の頃の博はバイクに乗るのが好きだった。 - 1961せつ子との出逢い
道頓堀の豊楽で支配人をしていたころせつ子は面接に訪れ2人は出逢った。
- 1972和也(蓮)が誕生する
蓮誕生後の家族。紆余曲折あり夫婦ゲンカを繰り返しながらも家族のことを大切にしていた。
- ラベル蓮との確執を超えて伊勢旅行へ
2000年頃から蓮とは関係性が悪化していく。2004年に妻のせつ子がステージ4の末期ガンになった時期から2人は協力し合うようになった。蓮の企画で家族旅行に訪れる。
- 2015京都・洛北の旅
2013年に心筋梗塞、2015年に前立腺ガンを患う。この頃は自身の闘病にまつわる詩を中心に作品を残した。父の願いで訪れた京都・洛北の旅が最後の旅となった。
- 2016.155年目の結婚式
体調悪化により救急搬送。医師からは余命3週間と宣告を受ける。蓮はsayakaと協力して珀舟の遺言に書かれていたことを実現に移す一大プロジェクトが開始された。
- 2016.5蓮に託したメッセージ
父が遺した「始まりの書画」
2016年5月。蓮が重度の突発性難聴での入院後に生前、珀舟が暮らした実家でみつける。それは蓮が使っていた机の引き出しの中の上に置かれていた。晩年、大きな病を抱えていた珀舟は自らの運命を悟り、蓮に書き送ったものだった。この書画を手にした蓮は「55年目の結婚式」での珀舟の不屈の精神を思い出し、克服へ至る。さらに書画を通じて「吉祥マンダラアートリーディング」の元となるインスピレーションを受け取った。